桜の季節の久能山は初めて行くのですが、以前から素晴らしいかと思い出かける計画をしておりました。
昨年は三保の松原へ行き駐車場の近くに蕎麦屋があり、ここの桜えびの天ぷら蕎麦がめちゃ美味く
今年も是非行きたかったのですが、 東照宮入り口近くの駐車場に止めたのですが、
多分駐車場の御店屋さんでしょうが、「お店で食べたら駐車場が無料となる」と言われ
ちょうど昼食時間でもあったので、割安と思い天ぷら蕎麦を食べたのですが、大後悔でした。
まぁー失敗も経験のうち、来年は美味い天ぷら蕎麦を食いに行くぞー!
東照宮の後に、焼津のお魚センターで美味い寿司を食べてきたので満足・満足
アジの干物を買ってきましたがこれがまた美味かった!
美味いものを食うと幸せになりますねー
東照宮の行った順番ですが、海岸方面から行ったので石段を登っていきました。
一ノ鳥居(見取図一番下)からB表参道石段を登り、A楼門、@拝殿を経由してC神廟(家康公の墓所)
を目指すのですが、最初の石段が1159段、標高が270mもあります。
その後はロープウェイで往復、日本平へ行きまた戻ってきます。
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@一ノ鳥居 |
B表参道石段(登り始め) |
B表参道石段(中間地点) |
A楼門からの景色 |
長女は2歳11ケ月、最初の石段1159段を1人で登れるとは思っていませんでしたが
平然と登ってしまいました、これにはびっくりでしたね。
長男は走るように石段を登っていってしまい、全然追いかけられません、なんという体力
普段からよく走り回っているので、このぐらいはなんとも無いのかもしれませんね。
A楼門からの景色が最高に素晴らしかったです。
海岸沿いにずーーとあるビニールハウスは石垣イチゴのハウス、ここでイチゴを堪能しました。
しかしビニールハウスのすごい事、家康公もビックリでしょう
(家康公の遺骸は天海上人の意見で日光東照宮に移っておりますが...)
家康公の遺骸は久能から日光に移葬、天海上人の意見で移葬されたそうですが
この天海上人じつは信長を倒した明智光秀ではないかとの意見もあるそうです。
日光にはある明智平を名づけたのは天海上人、それ以外にも日光には明智光秀にちなんだ地名や
明智光秀ではないだろうかとの逸話がいろいろとあるそうで、
明智光秀は頭もよく信長打倒後、秀吉軍に負け逃げている時に、農民の竹やりで殺されたとの事ですが
あれだけの切れ者で戦略家でもあった人が、農民の竹やりで死んでしまうのも変な話かもしれません。
それと、久能から日光に移した訳は風水とかかわりが多いようで、 久能山は気が非常に強いようです。
その気の強い場所に遺骸があるおかげで安泰していない徳川家は、他の武将からつぶされる可能性も少なくなる
しかしそのまま久能山に安置しておくと気が強すぎる為、内部で争いがおこり徳川家が破滅する可能性が大きくなる
そこで、安泰した頃にもう少し落ち着いた日光へ移葬し、徳川家の繁栄を続けるという理由だそうで...
徳川家300年続いたのは事実、そんな当時の時代と思惑に浸りながら、久能山を堪能してきました。
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@拝殿に着きました(上記写真)
元和3年(1617年)に建てられた日本古来からの建築様式である権限作り
何度見ても見飽きないほどの芸術作品です。
江戸時代の一流職人が手作業で全てこれだけの物を1年7ケ月で作ったというのですから驚きです。
日光東照宮はここよりさらに大きく、以前に3回ほど行った事がありますが、また行きたくなってしまいました。
そのような事を思っておりましたが、 しかし子供達は無関心です(あたりまえですね)、
長男はさっさとに奥にあるC神廟(右上)へ行ったようです。
一通り久能山東照宮を堪能した後は、ロープウェイに乗って日本平へ
日本平で桜えびダンゴが売ってましたので、早速購入し食べてみました。
これが以外に美味く、販売しているおばちゃんに作り方を聞きました。
上新粉に桜えびの粉(出店で販売)を混ぜていったん茹でてから、油で揚げただけの簡単なもの
そこで販売していた桜えびの粉を購入、この粉はチャーハンにしても美味しいようです。
美味いものは自分でも作ってみたくなる性格で、帰ってから早速作ってみました。
上新粉の使い方、家内も使った事がなかったようで、最初は固めのダンゴになってしまったが
ある雑誌に電子レンジで簡単に作れる方法が書いてあったので、そのとおりやってみると
結構美味しいモチっとしたダンゴが出来ました。
でも日本平で買ったあの団子にはまだかないません、また暇な時に作ろうと思います。
桜の季節は古い建物と一緒に見るのが非常に好きで、お城やお寺めぐりなどしたくなります。
来年はどこへ行こうか...なんて気が早すぎますね。